宇多田ヒカル「Fantôme」

宇多田ヒカル「Fantôme」
宇多田ヒカルの8年ぶりのフルアルバム。
彼女については特別ファンと言えるような感情を抱いたことはこれまでなかったのですが、今作は待ちに待ったアルバムという思いが不思議と込み上げてきました。ちょうど彼女がデビューした90年代後半から2000年代は、私自身の多感な時期とも重なっており、メジャーシーンで流れるJ-POPを一番耳にしていた頃でもありました。そういう経緯もあってか、もはや彼女の音楽は空気や水のような存在となっており、どこかで潜在的に欲していた部分があったのかもしれません。
今作を聴いた印象について。サウンド的には、配信曲もコラボ曲にも派手さや斬新さはあまり見受けられず、むしろ地味に聞こえました。しかし、冒頭の1フレーズから一気に引き込まれるような秀逸なメロディーラインは健在。低音ボーカルにぞくぞくさせられました。配信曲3つの存在感のある配置もグッド。活動休止期間中に積んだ人生経験が色濃く反映された日本語詞も素晴らしいです。これまで表現されたことのないような死生観が多く含まれておりながら、重さを感じさせない。むしろ癒しや優しさを感じます。活力を与えてくれるというより、生きているという実感を与えてくれます。天才、神童と言われるような人でも良い意味で人の子なんだなと思ったのと同時に、届きそうで届かない深遠で孤高な存在になりつつあるとも思わせる作品でした。
★★★★★
エヴァ新作はよ
吉澤嘉代子「秘密公園」

吉澤嘉代子「秘密公園」
埼玉出身のシンガーソングライター、吉澤嘉代子の3rdミニ。
トキメキがとまらない。
恋愛にフォーカスを当てた楽曲のみで構成された作品。集大成的な側面の強かった前作「箒星図鑑」を経て、大人の階段を一歩上ったという意味では極めて妥当で王道なテーマではありますが、彼女特有の初々しさと器用さが窺えます。サウンド面では、リード曲である「綺麗」、「ユキカ」に真新しさがありました。特に「ユキカ」の四つ打ちでキラキラとしたアレンジには驚かされましたが、これまでのレトロ感も損なっておらず編曲陣の柔軟さも光っています。「必殺サイボーグ」はキンモクセイの張替さんのユニットHALIFANIEの作曲であり、これまた新たな試みだなと。前も書いた気がしますが、ホントにキンモクセイとコラボしてほしい…。そして今作で一番ハマったのはラストの「真珠」。奇をてらっていないシンプルな展開の曲におけるメロディーの良さはやはり抜群ですね。突拍子もないユーモラスな作風が薄れたのは寂しさこそありますが、リアリティとファンタジーをバランスよく詰めこみ、コンパクトにカラーの異なる恋愛模様を描いた心ときめく一枚になっていると思います。
★★★★☆
四字熟語シリーズはどこまで続くのか?
パスピエ「娑婆ラバ」

パスピエ「娑婆ラバ」
2009年結成の男女5人組ポップバンド、パスピエの3rdフル。
なんて素敵なジャパネスク。
年1枚のリリースペースを守り続けている彼らの通算5枚目となるアルバム。初のタイアップシングルのリリースを経て、武道館でのライブも控えているということもあり、アルバムのリリースは必須だったのかと思いますが、相も変わらずクオリティーの高い作品になっています。
気になるのはより『素』を見せてきているという点。「手加減の無い未来」、「贅沢ないいわけ」、「素顔」と実直なメッセージが連なった曲がそれぞれアルバムの要として配置されており、覆面バンドとしての側面も持っていた彼らが一つ殻を破った瞬間を垣間見たような気がします。もともと彼らの楽曲にあったJ-POPのど真ん中に置いても遜色ないキャッチーさと実勢が伴ってきたことも影響するのでしょうか。また、「術中ハック」、「ハレとケ」、「つくり囃子」といった和風ニューウェーブなクセのある曲が健在だったのも頼もしい限り。リード曲となっている「つくり囃子」はサビメロに感じる微かなセンチメンタルさにらしさがあって良好。「ギブとテイク」も短いながら躍動感のある曲で今作においては割と新しいアプローチだったかも。
コンセプトとしては、前作の「幕の内ISM」とオーバーラップしているような和洋折衷なJ-POP+ロックといった具合。作品を作り急いだ感は拭えず、インパクトも若干弱く感じましたが、ディスコグラフィーを丁寧になぞるような均整のとれた構成になっているかと思います。安定期に突入しましたかね。
★★★★★
無音で見たら結構怖いよ。